――自動改札機の進化から考える、技術者の未来
普段、何気なく通過している駅の自動改札機。その仕組みが、今、大きく変わろうとしています。
2026年6月、JR東日本が、2027年春から近距離の磁気乗車券をQRコード式の乗車券へ順次置き換えていく方針を発表しました。
これまで切符を改札機に投入し、内部で読み取って排出していた方式から、切符に印刷されたQRコードを読み取り部にかざす方式へと変わるというものです。
このニュースを目にしたとき、長年機械設計に携わってきた私には、技術の進歩に対する期待とともに、少し複雑な思いが浮かびました。
精密な機械技術が支えてきた自動改札機
かつて駅の改札では、駅員が切符を確認し、鋏を入れていました。それが自動改札機に置き換わり、今では交通系ICカードやスマートフォンをかざすだけで通過できるようになりました。
しかし、磁気切符を使用する従来の自動改札機も、機械技術の観点から見ると、実に素晴らしい装置です。
小さな切符を瞬時に取り込み、内部のローラーやベルトなどで搬送し、磁気情報を読み取り、必要な処理を行ったうえで、再び利用者の手元へ送り出す。
多くの人が次々と通過する駅の改札で、こうした一連の動作を高速かつ正確に繰り返すのです。
限られた空間の中に、精密な搬送機構、センサー、電子制御などが組み込まれ、摩耗や汚れ、切符の状態の違いなども考慮しながら、安定した動作を実現しています。
機械設計に携わる者として、その完成度には大いに感心させられます。
「機械を動かさない」という発想の転換
ところが、今回のQRコード式乗車券への移行では、切符そのものを機械内部へ取り込む必要がなくなります。
従来のように切符を搬送するのではなく、QRコードを光学的に読み取り、必要な情報をシステム側で処理する仕組みです。
鉄道事業者8社による2024年の共同発表では、QR乗車券の利用状態を共用サーバーで管理することも示されています。
これは機械設計の立場から考えると、実に興味深い技術革新です。
従来は、いかに速く、正確に、故障しにくく切符を搬送するかという課題に、多くの技術者が取り組んできました。
それが今度は、そもそも切符を搬送しないという発想によって、課題そのものを解消しようとしているのです。
より優れた機械機構をつくるのではなく、その機械機構自体を必要としない仕組みをつくる。
技術革新とは、こうした発想の転換から生まれるものなのだと、改めて感じます。
技術の進歩が生活文化を変えていく
こうした変化は、単に装置の仕組みが変わるという話にとどまりません。
かつては切符を購入し、改札機に投入し、取り忘れないように受け取ることが当たり前でした。
それが交通系ICカードの普及によって、切符を購入する機会そのものが減り、財布やスマートフォンをかざすだけで通過できるようになりました。
そして今度は、紙の切符さえも、機械内部に通す必要がなくなろうとしています。
さらに、顔認証などを活用し、カードやスマートフォンを取り出さずに通過できる技術の開発も進んでいます。
一つひとつの変化は小さく見えても、振り返れば私たちの生活習慣は大きく変わっています。
最初は驚きをもって迎えられた技術が、いつしか当たり前のものとなり、その技術がなかった時代を意識することさえ少なくなる。
技術の進歩とは、機械や装置の性能を向上させるだけでなく、人々の行動や習慣、そして社会の文化そのものを変えていくものなのだと思います。
機械技術者として感じる、一抹の寂しさ
一方で、今回の技術革新には、機械技術者として少し寂しさを感じるところもあります。
あの小さな切符を高速で搬送する精巧な機械機構。
そこには、長年にわたり機械技術者たちが積み重ねてきた知恵と工夫、そして技術への情熱が詰まっています。
そうした機構が、新しい電子技術や情報処理技術によって置き換えられていくことは、技術の進歩として大いに歓迎すべきことです。
しかし、機械設計に携わってきた者としては、優れた機械技術がその役割を終えていくことに、一抹の寂しさを覚えるのも事実です。
では、これから機械技術者の活躍する場は、次第に少なくなっていくのでしょうか。
そんなことを考えていたとき、最近、私自身の経験から少し違った可能性を感じる出来事がありました。
AIが広げてくれた、機械技術者としての可能性
私はこれまで、主に機械設計を中心とした技術開発に携わってきました。
ところが最近、あるサーボ制御装置の開発において、AIを活用しながら、制御系の回路設計、システム全体の構成設計、そして機械的な構造設計までを、一人で短時間にまとめることができました。
もちろん、プログラムの開発や製品としての完成までを実現したということではありません。
しかし、これまでなら電気、制御、機械といった複数の専門分野にまたがる検討が必要となる作業を、AIを活用することで、一元的に進められたことは、私自身にとって新鮮な経験でした。
AIが示す情報や提案をそのまま採用できるわけではなく、技術的な妥当性を確認し、最終的な判断をするのは、あくまでも技術者自身です。
それでも、長年培ってきた機械設計の知識や経験を土台に、AIを活用することで、自分の専門領域を越えた設計に挑戦できる。
これは、なかなか面白いことではないでしょうか。
新しい技術によって、これまで機械技術が担ってきた役割の一部が失われていく。その一方で、その新しい技術が、機械技術者自身の可能性を広げてくれる。
技術の進歩には、そんな両面があるのだと感じました。
技術者の未来に期待すること
今後、AIや情報通信技術の発展によって、これまで人間が行ってきた仕事や、機械が担ってきた機能の一部は、さらに変化していくことでしょう。
しかし、機械技術そのものが不要になるわけではありません。
ロボット、自動化設備、精密機器、医療機器など、現実の世界で物を動かし、力を伝え、安全に機能させるためには、これからも機械技術が欠かせません。
そして、AIや電子制御などの新しい技術と融合することで、機械技術者が挑戦できる領域は、むしろ広がっていく可能性があります。
大切なのは、これまで培ってきた技術や経験を大切にしながらも、新しい技術を柔軟に取り入れていくことではないでしょうか。
今回の自動改札機の進化は、そんなことを考えるきっかけになりました。
精巧な機械式改札機が、少しずつ姿を消していくことには寂しさがあります。
しかし、その先には、これまでとは違った新しい技術の世界が広がっている。
技術の進歩によって失われる仕組みはあっても、技術者が挑戦すべき課題がなくなるわけではない。むしろ、そこから新しい可能性が生まれてくるのではないだろうか。
そんな期待を抱きながら、これからも技術の進歩を楽しみにしていきたいと思います。
Sk-TechPLAN 代表
参考記事・資料
- 産経新聞「JR東、磁気乗車券を2027年春に廃止 小型券はQR付き大型券へ、環境負荷軽減」(2026年6月10日)
- JR東日本「新たな技術イノベーションにより、駅におけるお客さまサービスを高度化します」(2026年6月9日)
- 鉄道事業者8社「鉄道事業者8社による磁気乗車券からQRコードを使用した乗車券への置き換えについて」(2024年5月29日)
